戸松有葉の ショートショート1001作を目指す旅

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1020 ヒトナビ

 ――今晩の献立は何にしようかしら。
 そう思うだけで、ヒトナビは指示をくれる。迷いを口にしなくていいし手動操作も一切必要ない。人を導くナビゲーター製品、それがヒトナビだ。
 昔の人は些細なことでも迷い、時間を無駄にしていた、ストレスも抱えていた。現代人では考えられないことだ、とても耐えられそうにない。
 ヒトナビの普及率は百%近かった。
 ヒトナビに頼る人々を避けて、山奥や無人島に住むような変人でさえも、何故そんな行動を取ったのかといえば、ヒトナビに導かれたからだった。
 ヒトナビは機械製品に過ぎない。いくら人々が依存していたとしても、人の代わりにはなりえない。そのため、ヒトナビが政治を取り仕切るというわけにはいかず、今でも民主主義による選挙は行われている。
 ただし、選挙に立候補する者は、ヒトナビの指示に従った結果立候補したのであるし、もちろん投票するほうもヒトナビの指示に従って投票先を選んでいる。また、立候補を断念するのも、投票に行かないのも、ヒトナビに従ったからだ。
 個人生活、政治、経済活動、宗教……すべてはヒトナビに導かれて行われていた。
 現代社会は誰もが迷いを持たない。持つ必要がない。
 ではヒトナビの指示に従っていれば、幸福な人生が送れるのか。社会は安定するのか。それはまた別の話だった。
 例えば、金銭面で老後に不安を感じ、どんな手を打てばいいか迷う者がいたとする。ヒトナビはそれを察知してすぐに指示を出す。指示内容は様々だ。株に投資しろとすることもあれば、今は何も考えなくていいとすることもある。当然のことながら、絶対に儲かる、絶対に安泰、などということはありえない。だから指示に従ったからといって、将来が約束されたりはしない。あくまでも現在の懸念を解消するだけである。
 人々の行動基準はヒトナビなのだから、悪さをしてやろうと画策する者はいない。しかしそれでも、現代社会は犯罪のない平和な社会になっていない。何故ならヒトナビの指示に従った結果、犯罪に手を染めることがあるからだ。なお、それを捕まえるのも裁くのも、ヒトナビの指示に従う者たちである。
 こうした負の面があれば、不満も出てくる。マスメディアへの露出が多い識者が、ヒトナビに頼る人間と社会の危うさを強く訴えることは珍しくない。ヒトナビの指示に従って。
 不満が一番大きいのは、損を被った当事者だ。しかしどうしたらいいのかわからず迷う。そうなれば当然ヒトナビの出番となり、指示をくれる。こうしたケースにおいては、多様に指示があったりせず、同じ指示になる。ヒトナビ開発・販売の企業へクレームを入れろという誘導だ。
 誘導された通り連絡すると、ヒトナビに従ってクレーム対応が成される。
「おい、おたくのヒトナビはどうなっているんだ! 指示に従ったら大損をしたぞ!」
「お客様、それはヒトナビの仕様通りでございます。ヒトナビは、迷わないようにと導くものですから、お客様の利益を考える製品ではございません」
 クレームを入れて初めてヒトナビの仕様を知る者も多い。
 しかし納得行かないからと、今更ヒトナビを捨てようという気になる者などいない。ヒトナビからの指示も継続を訴えているし、そんな指示がなくてもヒトナビを捨てたりはできない。ヒトナビなしでは一歩も動けないと言っても過言ではない。
 普及率は、上がることはあっても下がることはなかった。

(了)