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戸松有葉の ショートショート1001作を目指す旅

ショートショートとAmazon電子書籍販売・配布の活動をしています。

961 スイーツ脳作家

 斬新なアイデア・作風で文筆作品を発表し続ける作家がいた。現在、齢七十であるが、どの時代でも新進気鋭かのようで、他のベテラン作家や個性派作家と一線を画す存在だった。
 そんな作家だと格好の取材の的になる。
 ある記者も数年前から継続してこの作家を取材していた。だが記者は、作家の凄さを人々に伝えて終わろうとは考えていない。凄さの秘訣を探ってやろうと野心を燃やしていたのだ。
 売れっ子作家相手であるため取材回数は重ねられないが、顔を覚えてもらえるほどには接している。しかし未だに、秘訣の片鱗すら見せてくれない。
 一通りの取材はしたはずだ。見落としがあるのかもしれないと、過去の記録を眺めるが、何もわからない。あるいはインターネットの噂にも目を通すが、価値ある情報に当たりはしない。
「はぁー、本当に何もないのだろうか」
 作家自身の才能と努力の賜物……そういうありきたりな結論、つまりは作家の凄さを語るしかないのかと、諦めかけたその時だった。
「そういえば」
 記者は土産を持って取材に行っていたが、これまで一度も、スイーツを持参したことがなかった。作家が高齢なことで、イメージ先行でそうなったのだが、実は作家の好物はスイーツだと公言されている。
 それだけではない。書き続けられる理由としてもスイーツを挙げていた。頭を使うには甘い物をというのは、どこまで医学的に正しいか怪しいが、よく知られていることではある。それに頭が働くにはブドウ糖が必要で、即得たいならスイーツというのもわからなくはない。
 記者はこんな話など冗談半分だと受け止め、ゆえにどうでもいいと思っていたのだが、どうでもいいことこそ、突破口になるかもしれなかった。盲点があったのかもしれない。
 何でもやってみるしかないと、記者はスイーツ持参での取材を試みることに決めた。

 作家の豪邸には、若い弟子が幾人も住んでいる。ただし古い時代での住み込み修行ではない。原稿のやり取りなら、今の時代、離れていてもできる。別の用をやらせるなら、別に雇われた専門の人がいる。弟子はあくまでも作家としての弟子であって召使いではない。若い弟子では金がないため、こうして家や飯を保障してやらないと勉強できないから、とのことらしい。
「以前おられた方々はもう独立を?」
 記者が前回訪れた時とは、見かける弟子らが随分異なっていた。思い返せば、今回ほどでなくとも、以前から来る度に弟子は入れ替わっている。
「いや、独立して出ていけたのは、最近ではいないな。いなくなったのは、この道を諦めた者だ。諦めさせるのも、師を引き受けた者の務めだよ」
 弟子には才気溢れる人もいた。それでも難しい世界なのだろうと、記者は納得する。実際、この業界で生きていける者など、数えるほどしかいない。
 弟子といえば、こんな噂がある。複数の優秀な弟子によるゴーストライター説だ。だから老いても新しいアイデアや作風で勝負できるというもの。
 しかし調べれば、間違いだとするのが自然になる。弟子の誰それの作風が、作家が取り入れる作風の一つと一緒だというのだが、弟子が去った後からその作風は登場している。また、他の弟子や編集者のみならず、記者のような部外者も接触しているのだから、隠すことは事実上不可能だ。関係あるとしても、ゴーストライターではなく、弟子の作風をも吸収しているに過ぎない。無論盗作でもない。
 さて、記者はスイーツを土産に持ってきた。ここから話を広げようという魂胆だ。が、作家の反応は薄い。奮発して高級スイーツを用意したのだが、作家も富豪なのだから珍しくもないのだろう。
 しかしながら、話を広げる狙いは成功した。作家のほうから誘いがあったのだ。
「どうだい? これからスイーツを作ろうと思うのだが、試食してくれないか」
 作るほうも好きらしい。これが秘訣か、と記者は勘ぐる。スイーツを食べて脳を、ではなく、スイーツ作りで創意工夫していることが、文筆創作のほうにも活きているのかもしれない――。
 スイーツ作りには、一人の弟子が呼ばれていた。「弟子は作家としての弟子だから他のことで使わない」としていたが、スイーツ作りは例外のようだ。あるいはやはり、スイーツ作りこそが創作能力を高めるのかもしれない。
 記者はお客さんということで、待つのみだ。
 やがて出てきたスイーツに、記者も舌鼓を打つ。まろやかで甘過ぎず、それこそ脳が活性化する気さえしてくる。
 秘訣について答えなど出せはしないが、記者は今回の取材に満足して、帰ることとなった。本日、スイーツを振る舞う機会が生まれたため、若い才能が一つ失われ、作家に新たな才能が身に付いたことを、知らないままに。

(了)