読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

戸松有葉の ショートショート1001作を目指す旅

ショートショートとAmazon電子書籍販売・配布の活動をしています。

952 大石内蔵助の疑問

 大石ら赤穂浪士に踏み込まれ、刀を向けられている吉良は、黙っていられなかった。
「おのれ貴様ら、狂ったか! 主君が殺し損じたから代わりに完遂する……それが貴様らの忠義だとしても、主君の無念を晴らすには、より優先すべき相手がいるだろう。被害者の私を襲うなど、狂気の沙汰に他ならぬ!」
 吉良の言う「優先して恨むべき対象」とは、将軍綱吉のことだ。将軍本人を殺せないにせよ、浅野の処分に携わった者たちを対象にすることなら、まだ可能であろう。少なくとも被害者の吉良を襲う奇行よりは理由になっている。
 つまり浅野への処分は不当だということだ。被害者である吉良でさえ、不当だと思っている。
 浅野自身の死刑はやむを得ない。殿中で抜刀し、刃傷沙汰まで起こしたのだから、死刑は免れられない。しかしである。大石らまで失業させられる覚えはない、浅野もそこまでの不名誉を与えられる覚えはない。
 何故なら、浅野の事件は乱心と考えられるからだ。状況証拠に過ぎないが、他には考えにくい。吉良に恨まれる理由がなかったこともあるが、たとえあったとしても、時と場所を考えれば、実行するはずがない。乱心でもなければ。
 そして乱心であれば、本来、本人の死刑だけで済むのである。
 処分が歪んだ理由として、将軍綱吉の信仰心が挙げられる。法や先例、話し合いではなく、信仰心による私的感情だ。
 勉強熱心だった綱吉は儒教に傾倒していた。儒教において重要な、母への孝と、尊皇。それが事件によって水をさされ、怒りを持ったわけだ。
 あの事件で非があるのは、浅野――乱心であってもこの時代罪にはなる――、および処分を決めた者たちである。そこに被害者の吉良が含まれることはない。浅野の無念を晴らすために吉良を殺すというのはあまりに筋違いだった。大石らの現在の境遇を考えても、恨むべきは将軍側であって、吉良にはなりえない。
 ましてや、吉良邸襲撃前に、法螺を交えて吹聴された「仇討ち」などでは断じてない。仇ではないのだから当然だ。
 大石も吉良の指摘・認識など重々承知だった。だから幕府へ、多少遠回しではあるが抗議文も送っている。
 吉良を襲った動機は、別にあるのだ。
 重大な疑問が、浅野の刃傷沙汰にはある。しかし、処分を決める際には考慮されていなかった。後々の考察においてもあまり触れられない、盲点となっていることだ。

「何故、完全な不意打ちにも関わらず、失敗したのか」

「……は?」
 間抜けに問い返す吉良。今までの緊張が弛緩してしまう。
 だが対峙する大石は至って真剣だ。鋭い眼光が、追及を諦めないと物語っている。
 吉良のほうも次第に理解していく。確かにおかしい。
 浅野は声を発していたとはいえ、事前に揉めていたわけでもなく――たとえ揉めていたとしても――、こんな凶行は予想できるはずがない。やはり不意打ちだ。しかも背後から斬りかかったのである。失敗するはずがない。命を取り損ねることはあるにせよ、完全に失敗してしまうことはあり得ないのだ。
 実は乱心ではなく、最初から脅しであり殺意はなかった、ということも考えられない。抜刀している時点でアウトだ、殺していないからと罪が軽くなりはしない。
 吉良が達人なわけでもない。いや、たとえ達人であったとしても、完全な不意打ちを防ぐことは不可能だ。
 何故浅野は失敗したのか――。
 吉良も疑問を理解することにより、不気味な、落ち着かない気持ちに陥っていった。
 それと同時に、大石の動機も察することができた。
「まさか、この謎を探るために、再度殺害を図ろうと?」
「そうだ。いくら考えても答えは出せなかった。どんな秘密がある。妙な術でも使うのか。致命傷を負う状況になると時を巻き戻すといった術でもあるのか。どうなのだ!」
「あるはずがないだろう……」
 大石は、言葉では回答は得られないと、襲いかかった。吉良を殺せない秘密があるのなら、これではっきりするはずだ。
 結果、吉良は殺害され、大石ら赤穂浪士は真の動機を語ることなく死刑となった。
 事情を知らぬ、あるいは虚偽の事情を聞かされていた者たちにより、この赤穂事件は様々に創作がなされていったが、大石も吉良も解けなかった失敗の謎を明かしたものは、未だ登場していない。

(了)

 

 

この作は第三弾に収録される可能性があります。

広告を非表示にする