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戸松有葉の ショートショート1001作を目指す旅

ショートショートとAmazon電子書籍販売・配布の活動をしています。

957 浦島太郎は語りたい

 その海辺の小さな村に、他所者が訪れるのは珍しいことだった。あったとしても、海産物と取引するための商人くらいであり、それら商人も見知った者ばかりだ。
 だから見知らぬ人、それも老人が訪れたことは、村人たちにとってちょっとしたニュースだった。
 老人は、自らを浦島太郎と名乗った。
 商売にしては荷を持っていない。老いた身で気ままな旅をしているとも思えない。そして老人の名に聞き覚えのある者は村にはいなかった。謎の老人である。
 好奇の目に晒されながら、浦島太郎は語り出した。
「おれは、この村の出身で、ついさっき帰ってきたのだ」

 漁師の浦島太郎は、青年の頃、砂浜である光景を目にした。村の子供たちが亀をいじめていたのである。この村で亀を有益に使う習慣はなかったが、亀も海の恵みに違いない。浦島は村の大人として、子供たちを叱り飛ばし、亀を助けたのだった。
 すると亀は、礼がしたいとのことで、海中深くにある竜宮城へ案内するという。不思議なことに、亀の背に乗っていれば海の中でも息が出来、そして不思議さの極みである竜宮城へと本当に辿り着いた。
 竜宮城で浦島は、乙姫に歓迎され、贅の限りを尽くしたもてなされ方をした。
 楽しい日々が過ぎる。しかしいつまでも居るわけにはいかない。しばらくして、浦島が帰る意思を伝えると、乙姫は「決して開けてはならない」と注意を加えて、玉手箱を渡してきた。
 浦島が行きと同様亀に連れられて帰ると、様子がおかしいことに気付く。浦島が知っている村人たちは誰一人としていない。どうやら浦島が竜宮城へ向かってから、数日のはずが、数十年も経過しているようだった。
 一人になってしまった浦島は、失意の内に、開けてはならないという玉手箱を開けてしまう。すると中から白い煙が吹き出し、それを浴びた浦島は、老人となってしまった。何十年分もの帳尻を合わせるように……。

「お前たちからすれば何十年も前の人間なのだろうが、おれは数日前までここで暮らしていたんだ」
 浦島は一気に話すと、話し疲れたのか、休ませてもらうこととなった。
 話を聞かされた村人たちも、にわかには信じられない。もっと詳細を聞かねばならないと誰もが思った。しかし相手は老体、無理はさせられない。
 そうなれば、勝手に話し合うしかない。
 竜宮城や玉手箱などの、不思議な場所や道具。亀の恩返しが筋であるはずなのに、これでは恩返しになっておらず釈然としない。乙姫はどうして、開けてはならないものをわざわざ渡したのか、渡さなければまだ悲劇は小さくて済んだというのに。
 浦島老人の話の真偽はともかく、この興味深い老人を放ってはおけないとの結論に達する。豊かな村ではないから豪勢にはできないが、浦島を歓迎することになった。だいたい、話が本当なら、この村の先人なのである。

 老体に鞭打って海辺の村を渡り歩くのは辛い。しかしこの味を知ってしまってはやめられない。どうせ老い先短いのだ、いい想いをしたいではないか。
「昔漁師だったのは本当だから、釣りは得意だ」
 皺だらけの顔で、口角を上げた。

(了)

 

 

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