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戸松有葉の ショートショート1001作を目指す旅

ショートショートとAmazon電子書籍販売・配布の活動をしています。

958 玄武だった

 目の前の圧倒的な存在に、言葉どころか、声すら出せなかった。
 浦島太郎は思い知る。食物連鎖の頂点に立つ人間、しかしその実、道具と集団を失えば非力な動物であり、捕食される対象に過ぎないという現実を……。

 玄武は別に人間食べないが。

「助けてくれてありがとうございます」
 玄武は丁寧に礼を言った。もちろん浦島を食べようとなどしていない。
「え? あ、はい」
 ようやく言葉が出る浦島。あまりの存在の大きさに、身体が固まっていたが、玄武の言う通り、礼を言われることをしていた。
 子供たちにいじめられている亀――と間違えた玄武を、浦島は助けたのだ。浦島としては、悪さする子供たちを追っ払った感覚だ。簡単なお仕事である。
 しかしそうなると、疑問が湧いてくる。
「えっと、玄武なんですよね」
「はい。四神の一角、北の玄武とは私のことです」
「それが、あの、子供にいじめられて? あっ、俺が早とちりして余計なことを?」
「とんでもない! あのままでは、私どうなっていたことか。貴方様は命の恩人と言っても過言ではありません」
 四神の玄武が、そこらの子供にいじめられていた。これはいったいどういうことなのか。浦島は恐怖から解放されたものの、言いようのない不安に襲われていた。どんな裏があるかわかったものではない。
 しかし玄武が素直に感謝している可能性もある。命の恩人というのは過言にしても、子供たちに攻撃されていたことは確かであり、玄武基準では子供をぶっ殺すのが倫理的にアウトだったのかもしれない。
 子供らの攻撃とは、具体的には、木の枝で叩く、蹴りを入れる、石をぶつけるといったものだった。その様子を思い起こし、浦島は心配になって尋ねてみる。
「怪我はないのですか?」
「それは大丈夫です。私、硬さには自信ありますから」
「はあ」
 玄武は基本的に亀っぽい姿だ。甲羅の中に閉じこもってはいないものの、全身硬そうではある。
 なら何故? 浦島が疑問に思っていると、玄武に続けられた。
「この前、伝説の勇者の子孫とやらが、オリハルコン製の剣で斬りかかってきたのですが、剣も心も折ってやりましたよ」
(だからそこまで強くてなんで子供にいじめられたー!)
 浦島も訳がわからない。単刀直入に疑問をぶつける。
「さっきの子供らなんて、弱いですよね。どうして俺の助けが必要だったのですか」
「……情けないことに、あの子らの攻撃は効果的だったのです」
「なんと」
「まず、木の枝で叩いてきた子。彼は言いました。『玄武なんて、四天王最弱の、かませ役だ』と」
「…………」
 つっこみ入れたかった浦島だが、的確な文言も思い浮かばず、続きも気になったので、黙って耳を傾けることにした。
「蹴ってきた子も酷い。『朱雀は格好いい、白虎も格好いい、青龍なんて龍だから特に格好いい。それなのに玄武は格好よくない』と。私だって尾は蛇だから龍要素あるのに!」
「お、おう」
「石をぶつけてきた子。この子が致命打を放ってきました。なにせ、反論できない事実だったからです。『朱雀も白虎も青龍も、みんな素早いのに、お前だけはのろい』と」
 一通り聞き終わり、浦島も悩む。どう慰めればいいものか。
 肉体の硬さは右に出る者いないほどだが、メンタルが豆腐より脆い。
 特長である硬さについては本人が自覚していたので、そこを褒めても無駄のようだ。やはりここは、子供たちにいじめられた、いや、いじられた部分を否定してやるのがいいだろう。
「確かに朱雀らに比べれば遅いでしょうが、それは空とかだからですよね。水中ならどうなのですか」
「そ、それですよ!」
 玄武は目を輝かせ、話に乗ってきた。ついでに浦島を背に乗っけてきた。すぐそこに海がある。実践してみせるということだ。
 水中での速さは見事だった。
 玄武は元気を取り戻し、
「ありがとうございます。おかげで自分に自信が持てました」
 そう礼を言ってくるのだが、地上に戻った浦島は様子がおかしいことに気付いて、それどころではなかった。

 超高速での移動では、時間の進みが遅くなる。

 地上では何十年と経過していたのだ。
 絶望と怒りで狂いそうになる浦島。しかし玄武相手に力で敵うはずもない。傷一つ付けることはできない。だから浦島は、子供たちがそうしたように、玄武の精神面を――。

(了)

 

 

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