読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

戸松有葉の ショートショート1001作を目指す旅

ショートショートとAmazon電子書籍販売・配布の活動をしています。

964 鉄道好きの子供が何か言っていて邪魔だ

 別段、正義感溢れる青年ではなかったという。今の時代、どういった青年を標準とすればいいかわからないが、普通の青年だったというのが周囲の評価だった。
 その彼が、遮断器の降りた踏切内にいる高齢者を助け、自らは命を失ってしまった。
 この件に絡み、世の中では様々な声が飛び交っている。

「あのー」

 様々な声がある。が、今の声はその一つではない。子供がうるさいだけだ。子供だから意見を言うな、などということではなく、この子は問題があって、いちいち相手にしてはいられない。
 さて、様々な声とはどんなものか。
 やはりまず、美談としての扱い。とっさに動き、人命を救い、しかしながら本人が犠牲になった。美談として充分である。テレビや新聞、インタ―ネットと媒体を問わず、こぞってこの勇敢な行動を報じている。
 このニュースを機に、過去に起きた似た事例や、本件後続けて起こった事例も、報じられる。
 大半の事例では犠牲者が出ておらず、普段なら報じられないものだった。つまりこうした踏切事故やその危険があった事例は、実は数多くあるということだ。
 そうなると、考えさせられることも多くなってくる。
 勇敢な青年の犠牲・美談は、決して他人事で片付けられるものではない。

「あのー」

 また子供が何か言っているが、構うのはよくない。この子は鉄道好きで、この話題で語りたいのだ。しかしそれはあくまでも鉄道について自分の趣味を語りたいだけであるため、世間のそれとは根本的に異なる。
 話を戻す。
 そもそも高齢者が、遮断器の降りた踏切に入っていたことが原因だった。政治家は票が大事であるから、投票数も投票率も高い高齢者の不利になることを言わないが、現実として、認知症かを問わず高齢者が引き起こす迷惑は重大であり、今回は青年の尊い命まで失うに至った。もちろん鉄道にも影響が出ている。
 政治家があてにならない中で、こうした高齢者の対策が早急に求められている。非常に歪んだ社会と言えよう。

「あのー」

 例によって無視する。こうした鉄道好きの子というのは、自分の興味だけで語る。社会は立場の異なる大勢で構成されているのだから、こんな身勝手な者に用はない。子供だからと甘やかしては、このままの大人になってしまう。
 助けた側の青年の行動もどうなのか、難しい問題だ。人を救い、犠牲になっている以上、美談になるのは必然だが、「いい話だ、いい人だ、だからみんな真似をしょう」とはならない。
 例えば子を持つ親は、この一件から、子に対して「正義を実行して死ね」と教えられはしない。かといって「見殺しにしろ」とも教えられはしない。
 大人も自分が同じ状況ならどうすればいいかわからないのだ、子供に教えられるはずがない。

「あのー」

 しつこい子だ。そうした非常識さも、特徴である。相手にしてはいけない。
 美談となった青年や、類似の件で救出した側は、とっさの判断であり、「犠牲を覚悟して正義を実行すべきかどうか」などと勘定をして行動したわけではない。
 ならばできることは、このような事故の状況が起こらないようにする対策と、もし起きた場合の対策を講じることだ。
 先の高齢者問題はもちろん、鉄道会社にも対策が求められる。
 とはいえ、具体案となると難しく、手詰まりだろう。結局どうすればいいのか、誰も答えを出せないでいる……。

「だからまず非常ボタン押せよ! 出来る限りの対策講じられてるじゃないか、何のために設置されてるんだよ! テレビ中継の背後にも映ってたぞ! いい大人なんだからそれくらいわかれよ!」

(了)

 

踏切事故はなぜなくならないか

踏切事故はなぜなくならないか