読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

戸松有葉の ショートショート1001作を目指す旅

ショートショートとAmazon電子書籍販売・配布の活動をしています。

969 このクラスで一番要らない人間は誰か

 このクラスで一番要らない人間は誰か――。

 ある公立中学の教室で、この議題が話し合われていた。一度のホームルームでは時間が足りないため、連日続いている格好だ。
 要らない人間認定されれば高確率でいじめの標的になる。お墨付きを得られたいじめほどやりやすいものはない。仮にいじめが発生しなかったとしても、この議題を提示した担任教師からは、「最も要らない人間」として見られ続ける。
 だから生徒たちは、自己アピールせざるを得ない。苦手だとか言っていられない。
 しかしそこらの中学生にたいしたアピールポイントなどあるはずがない。
 スーパー中学生で、オリンピック選手候補だとか起業して儲けているだとかでない限り、「部活を頑張っています」「家計を助けるため新聞配達しています」止まりだ。
 そもそも、たとえスーパー中学生であっても、要る要らないは他人が評価することなのだから、「そんなの関係ない」と突っぱねられれば終わりである。ましてや普通の中学生では、何をアピールしても他人からは嘲笑すらされ否定される。
 このホームルームの主旨は、自己アピールの練習ではない。要らない人間を決めることだ。だから必然、他人を否定することが大前提となる。自分が選ばれないためにも。
 議題提案者である担任教師も率先して嘲笑し、生徒らからの否定意見を誘発させていた。
 一番要らない人間は、最終的に生徒らの投票で決める。
 クラスで組んで一人を犠牲にという手段が大勢にとって安全だ。しかし、都合よく一枚岩になどなれず、約束しても裏切りが怖い。例えば主導して呼びかけた者が、実は裏で「こいつなら犠牲にしてもみんな罪悪感ないから」と選ばれるかもしれない。
 疑心暗鬼。連日のホームルームはそれを生んでおり、結局、雰囲気で何となく候補がいるという形にしかなっていなかった。
 その候補の一人が、この日、自己アピールできる時間を与えられていた。
 担任はもちろん、他の生徒らも、否定してやろうと身構えている。雰囲気をより確固たるものにできるチャンスだ。
 ピンチであるはずの生徒からは、意外にも淡々と、自己アピールが語られてゆく――。

「僕の長所は、『要らないものを見極めることができる』ことです。
 今回の議題である『このクラスで一番要らない人間は誰か』も既に見極めていますが、僕だけが理解していても、投票で決定されるため、意味がありません。
 ですから、少し遠回りになりますが、まずは『この学校で最も要らない教科・部活動は何か』から説明させていただきます。
 それは、音楽です。
 五教科のほうを、世の中では役立たないと言う人も多いですが、それはただの無知です。普通に使われているか、あるいは使わねばならないのに使いこなせていないだけです。
 でも音楽は違う。音楽は絶対に義務教育で勉強する必要がありません。
 趣味でも向上したい人でも、小中学校のものではレベルが低くて無意味。どの道専門の教室に通うか進学してからになります。当然欲していない人からは、どんな将来を想定しても、絶対に要りません。
 金と時間が有り余っているなら、教養といえるか怪しいですが、ともかく多様な教科の一つとしてあってもいいでしょう。部活動もそうです。ですが余裕が全くない中で、音楽という無駄があるのです。
 音楽は、特別に金がかかる分野。専門性が強いですから。機材や部屋だけでなく、人件費もその一つです。
 そして音楽教師というのが、またろくでもない。通常ではどこにも採用されないような人間。この人らの雇用のために教科・部活があるのではというほどです。
 もし世間で通用するというのなら、税金で特別待遇受けるのではなく、民間で音楽を続ければいいのです。プロでも、音楽教室でも。対人商売の場合は、学校の音楽教師のようなイカレた人間では、確実に淘汰されます。
 音楽はよく、『音を楽しむ』と書くなんて言われますが、『音で楽する』の間違いなんじゃないでしょうか」

 担任の音楽教師からのいじめは激しくなることになるが、投票結果など目に見えていたため、担任の提案した『このクラスで一番要らない人間は誰か』の投票は中止となった。

(了)

 

音楽教師のための行動分析―教師が変われば子どもが変わる

音楽教師のための行動分析―教師が変われば子どもが変わる

  • 作者: 吉富功修,野波健彦,竹井成美,緒方満,石井信生,木村次宏,藤川恵子
  • 出版社/メーカー: 北大路書房
  • 発売日: 1999/03
  • メディア: 単行本
  • この商品を含むブログを見る
 

 

広告を非表示にする