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戸松有葉の ショートショート1001作を目指す旅

ショートショートとAmazon電子書籍販売・配布の活動をしています。

970 死の宣告

 着実に死へ近付いている音楽家があった。死神はその魂を回収する気なのだが、困ったことに、この音楽家のような才覚と実績を備えた者の魂は、扱いが難しい。端的にいえば、強いのだ。逆らわれでもしたら死神でも手こずる。しかしそうした魂こそ上玉であり、是非とも欲しい。
 そこで死神は一計を案じることにした。

「お前は一年後に必ず死ぬ。死神による超常の力だ、他のいかなる手段をもってしても覆ることはない。もう一度言うぞ。お前は今から一年後に死ぬ呪いをかけられた。絶対に回避不可能だ」

 死の宣告を受けた音楽家の顔は青ざめ、全身の震えを抑えることができないでいた。
 だが――。
 それは単に、死神の存在に驚愕しただけのことであり、「一年後死ぬ呪い」に怯えたわけでも絶望したわけでもなかった。
 何故なら音楽家は、すでに医師から余命宣告を受けており、状態を考慮しても間違いはなさそうで、もうじき死にそうだったからだ。
 死神は言っていた。超常の力であり、覆らないと。つまり死神によって、延命できてしまっている。更にいえば、これまでなら病を考えて控えねばならなかったことも、「一年後までは死なない」ことで可能になっている。
(なんて間抜けな死神だ。これでは助けてしまっているではないか)
 決して口には出さず、音楽家は思う。

 音楽家に死が迫っていることは、死神も重々承知だ。だから音楽家の魂を回収しようとしていた。
 ではこの、死の呪いを利用した延命措置は、何故行なったのか。
 死神は音楽家へ告げる。
「死ぬまでにはまだ時間がある。どうだ、その時間でお前がお前へ贈る、鎮魂曲を作ってみては」
 天才音楽家による鎮魂曲。それがあれば、扱いにくい魂もおとなしくなるというものだ。

 死神が皮肉っぽく言ってくる――ように聞こえる。さすがは死神といったところだが、音楽家もそんな提案に乗るはずがない。
「ふん、悪いがそんな暇はない。次が遺作になるのだ、私の好きなように、満足のいく最高傑作を仕上げてやる」
 つまり、鎮魂曲など作る気はない。

 死神の狙いは外れてしま……ってなどいない。
 これで狙い通りだ。
 音楽家がどんな種類の曲を作ろうと、人生最後に最高の曲を作って満足できたのなら、それは自身への鎮魂曲となる。鎮魂とはそういうものだ。
 音楽家は死神の皮肉への反発心も影響してか、やる気がみなぎっているようだ。
 後は一年後、死ぬ時を待つだけだ。これで上玉の魂を容易に扱える――。

 一年後。魂を回収した、いや、しようとする死神は、落胆した声で呟く。
「お前、最後の最後でスランプって……」
「く、うるさい! 生涯最高の曲を作ろうとすればするほど、逆に出来なくなるものなんだ!」
 魂は未練で暴れに暴れ、死神は困り果てた。

(了)

 

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