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戸松有葉の ショートショート1001作を目指す旅

ショートショートとAmazon電子書籍販売・配布の活動をしています。

972 音楽で事足りる

 この時代、猫も杓子も、音楽を聴いていた。
 人類は古代からそうだったといえばそうだが、昨今のものは事情が異なる。
 音楽大勝利の時代に突入していたのだから。

 文明が発達すると、世の中には様々な娯楽・芸術・実用技術が溢れた。音楽はその内の一つであり、また、音楽自身これ以上画期的な進歩はないだろうというところまで来ていた。
 しかし、ある「気付き」が、状況を一変させることになる。
 音楽は、聴いて楽しむのはもちろん、演奏や歌唱も好まれたし、実用ではリラックスや高揚を得るのに役立ってもいた。多様にものが溢れるなかでも音楽の需要が失われることはない。
 そればかりか、需要は日増しに膨らんでいた。映画・テレビ番組・コマーシャルメッセージ、インターネット動画・アニメ・ゲーム……どれをとっても、無音に意味があるケースを除けば、必ず音楽が付いている。主題歌だけではない、BGM(バックグラウンドミュージック)が重要な役割を担っているからだ。
 更には、ノベル系ゲームという土台もあったことで、電子書籍の普及は「読書に音楽が付いてくる」というサービスを生んだ。
 メインではないかもしれない、華々しくマスメディアに扱われないかもしれない、それでも音楽はこうした面でも必要不可欠なものになっていたのだ。
 それら音楽を手掛けてきた者の一人が、ファンからの一言をきっかけに、ある「気付き」を得て、試みを行なった。
 剣と魔法のファンタジーゲームの音楽を作ったのだが、「音楽だけでも冒険している気分を味わえる」と賞賛されたのだった。それでなるほどと思い立つ。例えばサウンドトラックを順番に聴けば、幻想世界を感じ、様々なイベントも連想でき、最後には壮大な冒険を終えた快感を得られるのかもしれない、と。
 早速作成し、ネットで公開すると、反響は凄まじかった。「本当だ」「これだけで物語になっている」「もうBGMじゃない」……。
 元々音楽とは、そういうものでもあった。音楽にはストーリーがあるのだ。
 反響は、反響だけで終わらない。次のステップへと進む。
 音楽だけでファンタジーを楽しめるのなら、ファンタジーのゲームや小説要らないのでは?
 むろん「ファンタジー」は一例に過ぎない。最初がそうだったからこう思われただけだ。つまり、他の様々なものも、音楽で代用できる可能性が示唆されたのだった。
 しかも音楽ならば、時間や労力を奪われない。作業しながらでも聴ける、疲れた現代人にとって疲労を伴わない娯楽でもある。
 需要がはっきりすれば供給がなされていく。
 すでに頭打ちと思われた音楽の発展は、ここに来て一気に進み、洗練されていった。
 先の例のような創作物全般は、音楽だけで事足りるとされた。
 これまでは、質の良い眠りを提供するに留まっていた音楽も、進歩することで睡眠導入を完全に促せるようになった。当然薬のような副作用もない。
 飲食も、音楽のサポートがあれば、ミドリムシなどの安価・量産食材を、高級料理に錯覚できるため、希少な食べ物や生産に手間暇かかる食べ物の需要は減っていった。
 最後の砦とされた、アダルト業界でさえ、音楽の前では屈した。時に音楽など雑音で邪魔だったのに、今では、音楽のみで性欲を満たすサポートが得られてしまう。金も時間もこれまでよりかからず、病気や犯罪などの危険もない。
 恋愛も例外ではなかった。古代から現代まで、最高の娯楽にして芸術であった恋愛も、音楽で得られ、実際に恋愛をする者などほとんどいなくなってしまった。
 音楽大勝利の時代。街には、いやどんな田舎であろうとも、世の中には音楽が溢れた。

「新作はまだか!」
 人々の不満はピークに達していた。もう音楽なしではいられないというのに、供給が滞っていたのだ。
 音楽大勝利の時代なのだから、人材も豊富に育成されていたにも関わらず、あっさりと衰退の道を歩んでいた。
「イメージなんて全然沸かない……」
 原因を察することは容易だった。
 音楽大勝利への流れを作ったのは何だったか。音楽以外の、ファンタジー創作物の代用である。あくまでも音楽で元があるものを表現したに過ぎない。
 しかし今は、音楽大勝利の煽りを受けて、他のものは廃れてしまった。音楽の元となるものがない時代に、今の音楽クリエイターは生きている。
 無理に元を探しても、音楽にしか行き着かない。これでは既存作の焼き直しにもならない。
「誰だよ、音楽だけでいいなんて言い出したのは」
 その音楽も、もうじき――。

(了)

 

 

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