戸松有葉の ショートショート1001作を目指す旅

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978 遠泳が得意だから星の海も渡れる

 

「俺は遠泳が得意だから、星の海だって渡れる!」
 大学の友人が力強く言った。
「君のバカさ加減には同情を禁じ得ないけど、そんな話を僕に聞かせてどうしたいんだい」
「俺は文系だからな、理系のお前なら知恵を貸してくれるだろうと思って」
 確かに彼は文系で僕は理系だ。でも僕は、星の海を渡る方法など、全人類と共通で知りはしない。さらに言えばSF好きということもない。
 彼のバカさ加減には同情を禁じ得ないけど、彼だけでは考えが及ばないと認識できた点は評価できる。相談には乗ることにした。なお彼を評価したことと相談に乗ることに因果はない。面白そうだから乗るだけだ。
「星の海を渡るとなると、遠大な距離になるけど?」
「だから最初に言ったじゃないか。俺は遠泳が得意だって」
 うん、そんなことを言っていた。
 事実でもある。キロメートル単位と光年単位の差を無視すれば、彼は持久力に定評のある男だ。桁の違いを無視している時点で彼のバカさ加減には同情を禁じ得ないけど、そんな詰まらないことで諦めさせては勿体ないので、これで納得しておくことにする。
「距離よりも不安なことが」彼は困ったように言う。「宇宙ってきっと、極端に暑かったり寒かったりするだろ? 海パンで行くつもりだが、対策あるだろうか」
「君なら特別な対策必要ないよ」
 何故なら、彼は宇宙空間を宇宙服抜きで生きようとしているのだから。そんな恐ろしい肉体を保持しているなら、今更温度など些細なことでしかない。
「そうか、俺ならいけるか。夏も冬も平気だしな」
 地球内でさえマグマや極地の温度に素で耐えられるわけがない。しかし彼なら日本の四季基準で考えていいらしい。
「でもまだ二つ、未解決なことがある」
「二つ? なんだい」
 たった二つしかないのか。それこそ星の数ほどあると思っていたら。
「まず、宇宙って何もないわけだから、海水を掻くようには泳げないだろ? 星の海なのに」
「……宇宙は完全な真空じゃないから、何もないわけじゃない」
「おお! そうか、お前に相談してよかった。さすが理系」
 世界の理系の人に謝れ。文系いや全人類にも謝れ。
 とりあえず宇宙よりも空気で満たされているこの地球で水掻きのように泳げるか考えればわかるだろうに。彼のバカさ加減には同情を禁じ得ないけど、しかしここで僕は気付いた。
「もう一つある未解決問題って、空気がなくて呼吸できないこと?」
「いや、それは対策万全だ」
 そう言って取り出したのは……大きなサイズのゴミ袋だった。
「これに地球の空気いっぱい入れて行くから」
「へえ」
 そのゴミ袋今から被ってみてどれだけ生きられるか試せばいいとは思ったけれど、そんなことをしたら彼は星の海チャレンジの前に死んでしまう。彼のバカさ加減には同情を禁じ得ないけど、チャレンジには同意しているから野暮なことは言わないでおく。
「で、未解決のもう一つは?」
「どうやって宇宙まで行けばいいかわからん、最大の難関だ」
 最大がそこかは激しく疑問だけれど、確かに現状、彼に方法があるとは思えなかった。
 宇宙飛行士を目指せというのではアドバイスにならない。実現できないだけでなく、彼は今すぐにでも旅立とうとしているのだから。ついでに言えば、仮に宇宙飛行士になったとしても、宇宙飛行士は星の海を水の海のように泳いだりしない。
 彼は最大の難関と言っていた。僕にとってもそうだ。僕は彼が宇宙で何も出来ず無残に散るのが理想なのに、宇宙に行くことすらできないのだから。
 二人で散々悩んでいると、彼のほうから、閃きが告げられた。
「小さい頃に聞いたことある。天国の母さんは空の向こうにいるらしいんだよな。だから俺も天国に行けば、そこは宇宙なんじゃないか?」
「そうなのか」
 彼のバカさ加減には同情を禁じ得ないけど、それより何より、今も健在な彼の母に同情を禁じ得ない。
 その後。星の海チャレンジの行く末は不明だけれど、天国行くために彼は頭を打って、お星様がたくさん見られたそうだ。

(了)

 

星の海を君と泳ごう (光文社文庫)

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