戸松有葉の ショートショート1001作を目指す旅

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984 相合傘の片方

 

 朝、彼が五年の自分の教室へ入ると、それはすぐ目に付いた。
 黒板の右端、日付・日直の傍に、落書きがされている。
 しかし、様々な観点から妙だ。瞬時に彼は思考を巡らせた。
 彼が教室に入った時点で、クラスメイトは数名教室にいた。おそらくこの落書きにも気付いているだろう。クラスの男女比は半々だが、現在居るのは彼を除けば全員女子だ。昨日の時点では落書きなどなかったことから、書いた犯人がこの女子たちの誰かである可能性はかなりある。
 落書きは、教室の黒板にされるものとして定番の、相合傘だった。そこに記されている名前も、クラスメイトのものだ。
 しかし、妙だとしたように、疑問が多い。
 五年生にもなって、こんな幼稚なからかいなどするだろうか? まるっきり子供のやることではないか。変人で子供っぽいだとか、趣味嗜好から子供っぽく見られるだとか、そういうことと本当に知能その他が子供と同じであることは異なる。この落書きは、十中八九クラスメイトか、そうでなくとも同学校の者の仕業だ。そうでなければ相合傘の落書きなど成立しない。しかしそんな頭の悪い奴がいるとは考えにくい。むろん例外は存在するとしても。
 次に、相合傘の落書きではあるが、厳密には異なっている。クラスメイトの名前は書かれているものの、男子一人だけであり、もう片方は書かれていない。これでは相合傘ではなく一人で傘をさしているだけだ。誰か――名前を書かれた女子本人が消した? いや、消すなら全部消すだろう。それに消したにしてはあまりに綺麗に消えており、最初から書かれていなかったと考えるほうが自然だ。
 ならばいじめの類か。これも考えにくかった。名前を書かれている男子は、いじめの標的になるような奴ではない。イケメン・リア充・成績優秀・スポーツ万能……学生の身分では非の打ち所がないと言っていい。誰でもいじめの標的になるというのは正しいが、それはもっと幼い内の話だ。だいたい、この不完全相合傘がいじめになるのかも疑問である。具体的なからかいになっていない。
 彼はこれら疑問を基に、高速で思考した。論理的に、しかし時には飛躍させて、さらに見落とした情報がないかも探って、短時間で考え抜いた。
 その結果導かれた結論は――。
 彼は無言で、相合傘もどきを消した。名前を書かれた男子が登校してくる前にと。犯人たちもそのつもりだったのだろうが、彼が来てしまったため消すに消せなくなっていたと見受けられる。
 彼は何事もなかったかのように、自分の席に着いた。教室にいる女子たちの様子は敢えて見ないようにしていたが、安堵していることはわかる。
 ただ、彼自身は真相に辿り着いたことで、ぞわぞわとした気分のままだった。
 工業高等専門学校情報工学科五年の腐女子たちによる、男子カップリング議論に、自分も混ぜられていた可能性は否定できない……。

(了)