戸松有葉の ショートショート1001作を目指す旅

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985 黒板の神様と物怪

 

 あらゆるものに神は宿る。いわゆる八百万の神だ。その学校のその教室に備え付けられた黒板にも、神は宿っていた。
 そしてもうひとつ、あらゆるものに宿る存在があった。物怪である。黒板の物怪も、黒板が生まれた時から存在している。
 神と物怪。性質に違いはあれども共通しているのは、「宿主」が必要という点である。
 例えば黒板が処分され、人々が元の黒板を黒板だと認識できなくなったら、神も物怪も消滅してしまう。
 万物に宿るのだから、処分後の姿・概念の黒板にも神と物怪は宿るわけだが、それは別の神・物怪に過ぎず、やはり黒板の神と黒板の物怪は失われている。
 そして今まさに、黒板は処分の危機にひんしていた。少子化と過疎化による、廃校に伴うものだ。

「はあ、どうしよう、物怪君」
「そう言われてもなあ。つーか、俺も名前の付かないマイナー物怪だけど、さすがに物怪君はないんじゃないか? 神さん」
「こっちだって名前も付かないマイナーな神だからって、神さんはないよー」
 両者ため息を吐き、悲嘆に暮れるばかりだ。
 神や物怪とはいえ、彼らに出来ることなど限られている。
 神は、黒板にいたずら書きされたとしても罰を与えないし、また大切に使ってくれたとしても褒美を与えない。要するに何もしない、いや出来ない。
 物怪のほうは、「黒板を爪でひっかく不快な音を出す」という能力を保持しているが、それだけだ。他には何もない、出来ない。
 ましてや廃校や黒板処分に対しては、子供よりも無力なのだ。
「アイドルになって知名度上げて入学者増やすのはどうかな」神が提案した。
「お前神だからな、偶像的な意味では才能あるんじゃないの? で、アイドルに顕在化できたりするんだっけ?」
「無理です」
 無理だった。無意味な提案だった。
「物怪君のほうは能力あるんだからそれを使えば……。黒板に触れてないのにあの嫌な音が鳴り続けるとか」
「それ処分早まるだけだからな。明らかに邪魔だろ」
 話し合おうにも碌な案が出てこない。
 しかしこのまま座して消えるのは嫌だとの想いはある。何か、何か手はないのか――。

 結局時だけが過ぎ、廃校となった学校。
 黒板の神と物怪も消滅……は、しなかった。大きな誤解があったのだ。廃校にはなったが、別に取り壊しも行われず――金がかかる――黒板は放置されたままだった。
 では両者は助かったのか。そう言えるかは怪しい。むしろ現状は、消滅よりも辛いかもしれない。なにせ誰もいない場所で放置され続けているのだから。
「はあ、どうしよう、物怪君」
「そう言われてもなあ」
 いつぞやと同じ会話をする神と物怪。
 誰もいなくなったとはいえ、全く誰も来ないわけではない。稀にだが、肝試しをする若者が忍び込んでくるのだ。夜の廃校は絶好の肝試しスポットというわけだ。
 ただ、だからといって、どうということもない。稀にしか来てくれないし、来てくれても黒板など完全スルーされる。
「うーむ。でもこのチャンスを逃したら、ずっとこのままだよ」
 神は考えた末、ある案を思い付いたのだが、すぐ告げるのは躊躇われた。仮にも神である自分が人間にこんなことをしてよいのかという葛藤があったのだ。
 それでも最後は、自分たちを優先した。神だろうと自分が可愛い。
「肝試しに来た若者に、物怪君の不快音を聞かせたらどうだろう。絶対驚くし、この学校は肝試しの場所として有名になるかもしれない」
「なるほど。あの音も、ホラーという意味では役立つわけか」

 かくしてこの作戦は、効果をもたらした。肝試しに来る者が増えたのである。
 物怪は絶好調だ。どうやら人間が嫌がるとパワーが増すようで、より不快な音へと発展していっている。
 そうして能力がアップするほど噂も広がり、訪れる者も増えるという好循環を生んでいた。
 しかし――。
 やり過ぎた。そのことに気付いた時にはもう遅かった。
「神さん、俺もう駄目だわ」
 呪われた黒板を供養するという者が現れ、それは的外れだったものの効果はてきめんで、物怪は消滅してしまった。
 神のほうは無事だ。そればかりか、本件を機に、罰当たり的な肝試しなどしてはならないと、学校への侵入が難しくなり守られてもいる。
「どうしよう。どうしようもないけど」
 人間は稀にも訪れず、そして唯一の話し相手だった物怪も失った神は、神の如く悟ったように悩むことをやめた。

(了)