戸松有葉の ショートショート1001作を目指す旅

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987 日本語学校の教え

 その国のある日本語学校では、言語だけではなく、日本の文化・風習も徹底して教えていた。生徒らの目的が、日本で仕事をすることだからだ。この日本語学校出身者は日本で活躍しており、学校の評判も高い。
 日本には様々な国から優秀な人間が訪れている。しかし彼らが必ずしも成功するわけではない。ある経済大国の者たちは、自国の考えのほうが優れているからと日本を見下していた結果、成果を上げることが出来なかった。その者たちが一概に間違っていたとは言えないが――事実日本以外の国であれば落ちぶれたりしていない――、やはり日本という特殊な国で仕事をする以上、日本をよく知り、合わせる必要があるのだ。

 講師が教室に入る前から生徒らは着席しており、姿勢良く待っている。本日の講義は引き続き「上司」に関するもので、すでに教えられている、「部下は上司よりも先に来ているのが当たり前」を実践していた。
 むろん、先に来ているだけではない。掃除も済ませてある。いわゆる雑巾がけというものだ。日本では義務教育時代から雑巾がけをしているため、やり方を知っているのが標準だ。
 そして座り方も、姿勢がよいだけではない。正座だ。固い椅子の上に正座している。苦行であり、一説には正座のおかげで日本人は膝などを痛めやすいとも言われているが、世界の様々な地域で心身をいたずらに傷つける悪習が改善されても、日本という先進国では今も常識なのである。
 ようやく講師が教室に来た。時間に遅れており、授業料を払っている生徒側からすれば文句を言いたいものではある。しかしそれは許されない。上司に逆らえないのは万国共通かもしれないが、それ以前に質問や自己主張――口答えと捉えられることすべてが禁止されているのが日本だ。なお、「生徒は客で講師は上司ではない」という理屈も日本では通じない。現在上司と部下のシミュレートをしているからということではなく、教える側が常に偉いのだ。
 講師がわざとらしく偉そうにしながら、ホライトボードに書き出した。
 生徒らは鉢巻をして、真剣に見入っている。鉢巻に「無礼講」と書かれているのは、そんなものは上司に直接言われても存在しないことを意識するためだ。
 書かれた文字はシンプルで、『残業』だった。
 日本独特の残業については、すでに教わっている。この国含め他の国では、残業とは、定時に仕事を終えられない無能さを表すが、日本は事情が異なる。定時には物理的に不可能な仕事量が与えられており、残業というよりも普通に労働時間が長い。しかし残業なのだから従業員の自己責任として、給与が払われないことが通例となっている。たとえ違法であっても。あるいは、タイムカードを押して表向きには退社した後で残業をするなり帰宅後に仕事をするという、変則残業もよく行われている。
 本日の講義は「上司」についてだ。この「上司」と「残業」には密接な関わりがある。
 まず、部下は上司より先に帰ってはならない。必然残業も多くなる。上司より先に来るというのもこのひとつだ。
 そして最も重要なのは、上司という管理職に就くと、残業の概念が失われることだ。違法だがまかり通す、違法逃れの手段が取られる、というものとは異なり、上司による実質残業は合法だ。
 上司には、出世によってなれる、させられる。管理職としての技量や経験は関係ない。そして他国では考えられないが、多くの者が何らかの役職に就く。理由は先の通りだ。
 上司は絶対的存在だが、大抵の上司は決して特権階級ではない。
 上司には大きな役割がある。人によっては、先の残業よりも精神的負担が大きいかもしれない。
 それは部下の解雇に伴うものだった。
 日本において、転職・再就職は厳しく、また世間的に「職を転々として」と揶揄されるものでもある。群雄割拠の戦国時代でさえ義理は大切だったわけで、平和な現代において奉公先を変えるなど言語道断なのだ。
 そこで、日本の思いやり精神により、辞める時は腹切りさせてあげることがある。しかし切腹とは死ぬものではなく、非常に苦しいものだ。
 誰かが介錯をしてあげねばならない。その役目が上司であり、首を切り落とすことから、日本では解雇のことをクビと呼ぶのである。
 生徒らは早速、切腹介錯の練習に励んだ。来る日のために。

(了)

 

介錯 [KAI-SHAKU]

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