戸松有葉の ショートショート1001作を目指す旅

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992 病気の少年と野球選手

 プロ野球の頂点を争うシリーズは、史上初の同県球団対決となっていた。だがそんな盛り上がりとは別の意味で、闘志を燃やす男がいる。
 高畑はこのシリーズで、本塁打を放たねばならない。
 病に伏せ、手術を控えている、少年との約束のために――。

 高畑は高校・大学とスラッガーとして活躍し、常に注目を集める選手だった。しかしプロは甘くない。通用しないではないが、華々しい活躍などできなくなった。それでも逸材には違いなく、二軍落ち経験を一度もすることなく二十代後半を迎えていた。
 高畑本人はそれで満足だったか。全く違う。
 高畑の自己像と現実の乖離は大きかった。学生時代、超一流打者になると期待され、その才能は今でも高く評価されており、自負もあったのに、現実は一軍に何とか残れるという程度。
 いつも苛立ち、他人に当たり散らす毎日だった。特にスランプが長引いている時は顕著で、表沙汰になれば刑事事件・解雇処分があってもおかしくないほど荒れていた。
 そんな高畑に転機が訪れる。病気の少年との出会いだ。
 県と球団による催しで、ファンサービスの一環として、地元の子供たちと触れ合ったのだ。その中に、闘病中の十歳の少年がいた。自由に外で遊べない少年にとって、プロ野球選手は殊更憧れであり、またテレビ観戦は唯一といっていい楽しみだった。
 少年は、高畑のファンだという。
「高畑選手のホームランを見ると元気が出てくる。僕も病気に負けないぞって思えるんだ」
 高畑は衝撃を受けた。
 病気でも前向きに戦う子供の姿。その子の役に自分が立てていたという意外な事実。自分は怪我に悩まされているでもないのに打てず、周囲に当って逃げてばかり……。
 これを契機に、高畑は変わった。徐々に打てるようになっていく。
 バッティングフォームを変えたわけではない。バットを変えたわけでもない。変わったのは意識だ。
 どうやれば打てるようになるのか、あらゆる観点から勉強した。スコアラーと連携してバッテリーの配球を読み、また自身がどう分析されているかを知る。相手投手の癖を見抜くのも重要だ。球種がフォームからわかれば、高畑のスイング速度なら対応できる。甘い球が来るまで待つため、「わざとファールを打つ」練習もした。教えを乞うことなどなかった、対立気味の打撃コーチや後輩にも頭を下げて頼った。また、本塁打を打つ度に寄付をし、社会貢献と自身のモチベーション維持をするようにもなった。
 それでも対戦相手はプロの投手。打てない時は打てない。
 そうなってくると、最後は、根性だ。
 根性野球の闇は深く、未だプロアマ問わず幅を利かせているが、最後の最後は根性である。根性論の間違いは、先に必要な知識や技術もないのに根性を謳うところであり、人の心が肉体に与える影響を否定したものではない。
 プロという極限の世界では、精神によるわずかな差が身体に生じるだけで、結果を大きく左右するのだ。
 高畑の活躍もあり、チームはある年、リーグ優勝を果たす。後はシリーズ制覇を目指すのみ。
 しかしその時、高畑のもとに一報が入った。例の少年が近々手術をするという。見舞いに行くと、以前の前向きさが嘘のように失せていた。
 今の自分があるのはこの子のおかげ。高畑は少年に約束した。
「シリーズでホームラン打ってやるから、お前も頑張れよ!」

 同県球団対決となったシリーズは白熱し、三勝三敗で七戦目に突入していた。勝ったほうが日本一だ。
 高畑はこれまでの六試合および七戦目の途中まで、本塁打を放っていない。約束は果たせていない。これには仕方がない面もある。例えば四戦目の最終回、一点ビハインドの無死二塁で打席を迎えた。本塁打なら一気に逆転だが、ここは同点に追いつきたい。球界を代表するエース中田から本塁打という確率の低いものよりも、最悪でも進塁打となるゴロアウトが望まれる場面だ。そして今の高畑は自分本位なバッティングをしなくなっている。
 本塁打が出ないことに焦りはあった。相手投手に八百長を持ちかけようか、などと頭を過ることもあったほどだ。しかしそんな本塁打に意味はない、あの子との約束を果たしたことにはならない。
 そうして迎えた七戦目の九回二死走者なし、一点ビハインド。アウトなら終わり、本塁打なら値千金の同点弾だ。マウンドには、一、四戦目で先発したエース中田が、リリーフとして上がっている。疲れなど感じさせない凄まじい威力と気迫だ。
 最後は根性。何としても、約束を果たす――。

 サイン入りのボールを渡された少年は、涙ながらに言う。
「約束守ってくれてありがとう、手術頑張る!」
 シリーズMVPにも輝いた中田投手のサインボールは、力強く握り締められていた。

(了)

 

 

きんたま!

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