戸松有葉の ショートショート1001作を目指す旅

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997 財布を奪う能力ッ!

 日常が壊れたあの日から、少年は学校からの帰宅さえすんなりさせてもらえない。
 今も人気のない路上で、敵の刺客が道を塞いでいた。
「噂は聞いているよ。君は凄い異能を得たそうだね。組織の刺客も次々返り討ちにあったらしくて、僕へ仕事が回ってきたってわけさ」
 言われているように、少年は凄い異能を得ている。が、実は今まで一度も敵に使ったことはなかった。返り討ちにしたという表現は、合っているといえば合っているが、それよりも……。
 刺客は余裕の笑みを浮かべながら、
「僕も凄さで言えば、君に匹敵するほどの異能だよ。対象の財布を抜き取るという、脅威のチカラだ!」
「…………」
 少年はしばし逡巡し、
「それただのスリなんじゃ」
「違う!」即座に否定される。「これはあくまでも異能力であって、スリとは別の意味だ。だいたいスリは犯罪じゃないか、悪いことだ、僕は財布を盗んだことなど一度もない」
 至極まっとうな認識だ。反論・異論の余地がない。が、
「俺には使っていいのか?」
「そこはほら、異能力者同士のバトルは例外ってことで」
 納得は行かない少年だったが、異能バトルにならないのは確かに困る。具体的に何が困るかと言えば何もないが、合わせてあげなければいけない空気は、異能を得たばかりの頃からわかっていた。
 ただそれでもやはりおかしい。
「財布なんて盗まれても、その後すぐお前をぶっ倒して奪い返せばいいだけじゃないか」
「なっ!」刺客は驚愕の表情を浮かべ、全身を震わせた。「なんて悪魔的発想をする奴だ。僕にはとても想像できなかったことだぞ。いくら返してもらうだけとはいえ、腕ずくで奪うとは」
「いや、わかれよ。わからないのはバカなだけだからな、善人だからでもないからな」
 わずかの間に汗だくになって、精神的遅れを取っている刺客だったが、意を決したと、
「でも財布を実際奪われれば、精神的ダメージは大きいはずだ! 食らえ!」
 刺客の右手が光る。
 …………。
 …………。
 …………。
 光が収まった右手には、財布が……なかった。その他にも特に変化は見られない。
「なんだ? 失敗したのか?」
「ぐはぁっ!」
 突如、刺客は血を吐いた。
 もちろん少年は何もしていない。勝手に血を吐いて苦しんでいる。
「おい、大丈夫か。何かの病気か?」
「……違う。これは僕の異能のリスクだ。財布を奪うという破格の能力の代わりに、もし盗む対象の財布がなかった場合、僕自身にダメージが返ってくる」
「へぇ」
 そういえば今日は財布忘れたのだったと、少年は思い当たる。
 刺客はまだ血を吐き続け、苦しみ続けていた。
「財布を盗むなどという悪行に見合った、恐ろしい代償。ふ、自業自得さ。ぐはぁっ!」
 これまでも敵の刺客相手に自身の異能を使ったことはない。今回も披露せずに済みそうだ。いつになったらちゃんと異能バトルができるのだろうと、少し不満だ。
 だがまあ、とりあえず今はすべきことがある。
 財布は忘れても、スマホは忘れていなかったので、救急車を呼んであげた。

(了)

 

 

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