戸松有葉の ショートショート1001作を目指す旅

ショートショートとAmazon電子書籍Kindle本販売の活動をしています。

1000 叩けば増える財布

 男の目の前には、魔法の財布が置かれている。
 昨晩酔って判断力が弱っていたとはいえ、妙な物を買ってしまったものだ。売りつけてきた老人曰く、「強く叩けば中のお金が増える」らしいのだが……。
「買ったものは仕方ない。試してみるか」
 一万円札を一枚だけ入れた状態にしてから、左手で財布を持ち、右手で思い切り叩く。
 中を確認してみると……、
「増えている」
 二枚の紙幣があった。
 だがその二枚の紙幣は、
「五千円札じゃないか」
 一枚の一万円札は、二枚の五千円札に替わっていた。
 枚数は確かに増えているし、こんなことができるのなら魔法の財布に違いもない。だが、肝心の金額が増えていない。これでは、両替魔法財布だ。
 叩くと増えることから、てっきり、ビスケットの不思議ポケット方式だと思っていた男は、がっくり肩を落とす。たとえ魔法の財布がすごいものであっても、これでは老人に払った安くはない金額が無駄ではないか。
 諦めきれないというように、今一度強く叩いてみた。
 今度は触感でも増えているのがわかった。中を確かめてみると、
「千円札が十枚……」
 やはり両替魔法だ。
 しかしお札はこれ以上両替できない。男は期待を込めて、更にもう一度強く叩いてみた。
「……なるほど」
 確かめる前にオチがわかってしまう。今度は五百円玉に替わっていた。硬貨にもしっかり対応しているらしい。
 騙されたと憤ると共に、騙されるほうが愚かだと自戒もする。嫌になって財布を放り出し、ふて寝を決め込んだ。
 しかしそうしていても、魔法の財布のことは頭から離れない。魔法には違いないのだ、何か使い道はないのか、誰かに売りつけてやることはできないだろうか――。
 まどろみのなかで魔法の財布のことを考えていると、ふと、重大なことに気付いて飛び起きた。
 千円札十枚になった際、「これ以上は両替できない」からと期待したわけだが、本当にこれ以上は無理なものなら、どうなるのか。つまりは、一円玉ならどうなるかということだ。
 早速一円玉を一枚入れて、叩いてみる。心拍数を上げながら中を確認すると……、
「お、おおお!」
 思わずガッツポーツ。
 一円玉一枚は、一円玉二枚に増えていた。金額は倍だ。
 使い方をわかっていなかっただけだったのだ、騙されてはいなかった、これで巨万の富も築ける……男は喜び勇んで、一円玉入りの財布を叩きまくった。
 二枚は四枚に、四枚は八枚に、八枚は十六枚に、と増えていく。もちろん金額もそのまま増えていっている。
 しばらく夢中で叩いていると、財布は一円玉いっぱいになり、パンパンに膨らんでしまった。
「これ以上増やしたらどうなるだろうか」
 やってみるしかない。
 思い切って叩くと、一円玉が数多く飛び出してきた。入り切らない分は出てしまうようだ。つまり一定以上に達すると、倍々とは増やしていけないことになる。
「増やせはするが、非効率だな……」
 財布に入る分の一円玉しか増やせないのだから、一度に増やせる額はたかが知れている。何度もやればそれなりにまとまった金になるかもしれないが……眼前に広がる光景も加味すると、嫌気がさしてきた。財布から飛び出して散乱している一円玉だ。拾い集めるだけでも大変である。
 しかしせめて財布購入分の元は取らねばと、男は頑張った。せっせと一円玉を適量詰め込み、強く叩き――なお一円玉とはいえ塊となれば手が痛い――、飛び出た分は地道に拾う。
 この作業を気が遠くなるほどやっていた時、それは起きた。
 財布を何度も強く叩き過ぎたからだろう、財布は壊れ、中の一円玉がすべて散らばってしまった。
「…………」
 どう考えてもまだ元は取れていない。そして疲れて拾う気力も残っていなかった。
「両替魔法の財布として持っていたほうが良かった」
 今更言っても詮無い。

(了)

 

稼ぐ人はなぜ、1円玉を大事にするのか?

稼ぐ人はなぜ、1円玉を大事にするのか?