戸松有葉の ショートショート1001作を目指す旅

ショートショートとAmazon電子書籍Kindle本販売の活動をしています。

1028 コメディとホラーは

 彼は唸るのを止めると、自室の本棚に寄り、並べられた本の背表紙を指でなぞった。
 以前はここに、ホラー小説が多く並んでいたのだが、それらは他所に収納され、今ではミステリやライトノベルが大半を占めていた。とはいっても、これは元に戻っただけであり、彼は元々ホラーを好んではいない。
 必要に迫られて――必要だと思って、ホラーを読み漁っていた時期があったのだ。
 彼は読書家に違いないが、作家でもある。それもプロの作家で、ベストセラーもあり、原作とした映画も大ヒットした。そしてそのベストセラーおよび現在も書いているジャンルが、ホラーなのである。
「はあ、やはりホラーを書くしかないよなあ」
 本棚のミステリやライトノベルを恨めしそうに眺めながら、幾度となく呟いたことを漏らした。
 彼もプロである以上、求められるものを書かねばならない。厳密にはそうでないものも書いていいが、企画が出版社で通らないことは百も承知だった。さすがに無駄骨を知りながら書く余裕はない。
 彼が作家になろうとした最初のきっかけ――最初に惚れ込んだ作家は、ミステリ作家だった。ミステリでは珍しく、コメディタッチな作風で、コメディが好きだった彼はハマったという次第。
 プロデビューはライトノベルの新人賞である。彼が得意で好きなコメディとミステリを存分に取り入れたものだった。ファンも付いたし評判も悪くはなかった。
 しかし競争の激しいラノベ業界あるいは出版業界において、「悪くない」程度では続けるのは難しい。すぐに方針転換を余儀なくされる。
 次に挑戦したのは、尊敬する作家と同様の、コメディミステリだった。ラノベでは、かなりの割合の作・作家が「コメディくらいなければ話にならない」ほど、コメディは重要だった。だから彼も得意分野で勝負ができた。しかしミステリだと、コメディは異色の部類に入ると言って過言ではないもので、比重はどうしてもミステリに寄り、得意のコメディは抑えられてしまう。
 結果、刊行こそ適ったが、ラノベ以上の敗北で撃沈。
 そもそも、彼の尊敬するミステリ作家も、コメディはあまり評価されていなかった。コメディミステリを数多く書きながらも、ずっと二流でくすぶっており、コメディを完全に廃したミステリ作で勝負に出たところ、代表作となり各賞の候補となり、一流作家の仲間入りを果たしたのだ。
 コメディは読者に喜ばれる割に、売れないし評価もされない。酷評というより罵倒すらされることもしばしばだ。まるで大昔の、お笑い芸人に苦言を呈する堅物人間のような人が、小説界隈では未だに生き残っている。大衆娯楽を否定しているわけでもないというのに。
 コメディは軽視・冷遇されている。
 そんななかで、彼はホラー小説で成功を収めている。コメディは完全に捨てた格好だ。では彼はそちらのほうにこそ才能があったのか。
 違う。ホラーは、彼が得意とするコメディと、紙一重あるいは同義のものなのだ。
 コメディでの手法をいじることで、ホラーに様変わりする。逆も然り。読者の捉え方を操作すれば、同じものがコメディにもホラーにもなる。
 わかりやすいのが、ツッコミの存在だ。ツッコミが入ればコメディになり、ツッコミがなければホラーになる。ツッコミという、現実的な見方や正しい理屈を読者と共有できれば、笑って楽しめる読み物になるが、それがずっとなければ、不条理で恐ろしい読み物となる。
 彼がホラー作家として書けているのは、ひとえにコメディの腕があったからに他ならない。つまり純正の、正当な、ホラーの才能など皆無なのだ。
 勉強のためと思い、他のホラー小説も読み漁ったが、無駄だった。やはり彼は生粋のコメディ作家のようである。
 しかしいくらコメディが得意といっても、いつでも順調なはずがない。彼が唸り、詰まっているのは、ホラーに使えそうなコメディのアイデアがどうにも出てこないからだった。
「くそ。もうホラーの才能は諦めてるんだから、せめて笑いの神が降りてきてくれればいいのにっ!」
 その時だった。
 知らないおっさんが背後に立っていた。
「うわあ! だ、誰だ!」
「いや、呼ばれたから天から降りてきたんだけど。笑いの神だよ?」
 笑いの神らしい。
 彼の言うべきことはひとつだけだった。
「ホラーだ……」

(了)

 

怪談学校  本当にあったコワイ話  「新耳袋」より (角川つばさ文庫)

怪談学校 本当にあったコワイ話 「新耳袋」より (角川つばさ文庫)