戸松有葉の ショートショート1001作を目指す旅

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鏡が頑なな理由

 妃は鏡に問う。
「鏡よ鏡、この世で最も美しいのは誰?」
『それはお妃様です』
 その答えに妃は満足……したりはせず、静かに席を立つと、ある物を持って戻ってきた。
「違うでしょ!」
 言いながら、紙製のハリセンで軽く叩いた。鏡なので割るわけにはいかない。
「ねえ鏡、そろそろ回答変わらないといけないでしょ。白雪姫。わかる? し・ら・ゆ・き・ひ・め! そうじゃないと話終わってしまうでしょうが。終わるっていうか、話始まらないでしょう? わかるわよね?」
『いやあのー、お妃様のおっしゃることは至極もっともなのですが、何と言いますか、こちらも決して嘘を吐いたというわけではなくてですね、えー、お妃様が美しいことに異論を挟む者もさほどいないわけでして』
「歯切れ悪いわね。でもそうじゃないでしょ。最も美しいのは誰か、そこが問題なの。私が白雪姫に劣っていると鏡に言われて逆上しないと、物語が進行しない。わかる? わかるわよね? 鏡程度の頭でもその辺りわかるわよね?」
 ハリセンで小突きながら、責める。
 だが鏡はまだ渋る様子で、
『最も美しい女性の一人が、白雪姫であり、お妃様なのです。言い方を少し変えますと、お妃様は世界で最も美しい女性の一人です』
「いやそんなの要らないから。そんな、英語の教科書の和訳したら日本語ではあんまりしない言い方になる、みたいなのは要らないから。話を進めよう? 私二番でいい。誤解招きそうだけど、二号とか言ってないからね。白雪姫が一番、私が二番。これでお願い」
 お願い、と言いつつハリセンでのしばきは強さを増していた。お願いではない、強制である。
 だがそれでもなお、鏡は渋る様子で、
『美しさに順位を付けるという発想には、多くのクレームもありましてですね、いえ私としては問題ないんですよ? ただ、童話である以上、小さなお子様を持つ親側への配慮は最大限していかなければならないのも事実でして』
「そんなクレーム無視しなさい」
 ハリセンでの叩きは、もはや鏡が割れても構わないというほどなっていた。それこそ、暴力に関するクレームなど受け付けはしないと言わんばかりに。
「ていうかさ、そもそもそんなクレームないでしょ。鏡、あんた嘘吐いてるんじゃないの?」
『…………』
 沈黙は、嘘を認めているようなものだった。
「なんでそんなに進行妨げたいの?」
『いえいえ、決して進行妨げたいわけでは』
「じゃあ何よ。言いなさいよ。あ、もしかして、私に惚れてるから最も美しいことにこだわ――」
『うわぁ』
「やかましいわ!」
 割れる寸前の勢いでつっこまれる。
「引くな引くな。何私が自意識過剰みたいになってるのよ。キャラクター的には合ってるけど、今のは合ってないから」
 三秒、間があった。妃は間を置いたのだ。そして今までの姿勢とは異なり、優しく問う。
「どうして白雪姫って言いたくないの? 白雪姫と何かあった?」
『いえ、何もありません。会ったこともないです』
「よかったら事情話してくれない? 力になれるかはわからないけど、ほら、話せば気が晴れるってこともあるでしょう?」
『気を遣わせて申し訳ありませんが、悩みがあるといったことではないんです』
「あ、そうなの。じゃあ何?」

『お妃様が一番美しくないと、写る私も一番の美女にならないではないですか』

(了)